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<life>fool</life>

愚者の人生。

面影ラッキーホールというバンド

 お久しぶり。
 ここ最近映画を観る気力が無く、このblogも放置気味になってたよー。ごめんなさい。


 今日は映画じゃなく「面影ラッキーホール」というバンドの紹介をしようと思う。ジャンルとしてはファンクとかになるのかな?とにかくまあ、普段自分が聴いてる音楽とはちょっと毛色が違うんですが、最近ドハマリしているんですよ。その理由はひとえに詩世界。
 「あんなに反対してたお義父さんにビールをつがれて」「好きな男の名前 腕にコンパスの針でかいた」「パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた・・・夏」「あたしゆうべHしないで寝ちゃってごめんね」etc...。これが全部楽曲のタイトルなんだけど、もうなんかヒドイよね。

 歌詞は全てタイトルの通りの物語調になっているのだけど、これがもう、駄目男駄目女のオンパレード。人間の業みたいなものを圧縮抽出したような詩世界です。なので一聴して拒否反応が出る人も多かろう。それは仕方ないと思う。
 じゃあなんで僕がこの人たちの曲に惹かれるか。なんかねえ、懐かしいんだよねこういう世界観。生まれのせいだと思うんだけど。たとえばね、品行方正、清廉潔白な人生を送ってきたようなひとが「あんなに反対してた~」を聴いたところで
 「DQNが無茶やって自業自得で色々あって、まあ最後は結局良い話みたいになってるけど結局DQNじゃん」
 の一言で終わる気がしたりする。(そうでない人ももちろん居るのは分かってますけど)
 でも、僕にとってはこの歌詞はすごくリアルな、なんなら中学時代の友人の顔が浮かぶくらいリアルなものとして胸に刺さるのだ。

 パチンコ屋に行けば、子ども死なせてそうなヤンママは居るし、好きな男の名前腕にコンパスの針で書いてる同級生も居た。いや、奴らに至っては墨汁もセットで墨入れてたな。とにかく、日本という国は自分たちが思ってる以上に教養格差ってのがある訳ですよ。俺はそんな片田舎山口が嫌で嫌で東京まで出てきたんだけど、やっぱり産まれた土地育った土地での記憶ってのは懐かしさを覚えるもので、歳を取ると特にね。
 だからそんな自分にとって面影ラッキーホールの曲はすごくリアルに胸に迫るし、とてもじゃないけど笑えない。シリアス。ぐっとくるんだよなあ。
 おすすめするつもりが、ほんと特定の人にしか響かないような感じになっちまったけど、田舎で育った人間/人の弱い部分に向き合える人間/違う世界を見たい清廉潔白な人は一度聴いてみるといいんじゃないかなと、思ったりする。

 そしてなんか、目線がね、公平なのよ。登場人物の愚かさを笑う訳でもなく、かといって肯定するでもなく。ただただ物語を歌ってるから、嫌味が無い。踏み絵みたいなもんで、聴き手によって物語の登場人物に思うことは変わるんだろなあって思ったりする。現実を突きつけてくるって意味では、心情的にどっちかに寄ってるより残酷なのかも知れないけどね。
 汚い部分愚かな部分から、人間は目を背けたい訳で、だから通常夢や希望が物語られるし歌になる。これはもちろん否定されるべき事柄じゃないんだけど、そういう「美しいモノ」の影に救いようのないどうしようもなさを抱えて生きてる人間が居たりするんだよ。面影の曲は、そういうことを思い出させてくれるんだよなあ。そしてそれはやっぱり僕には大事なことのように思うのだ。

 個人的に園子温映画を観たときと同じような感情を抱く。似てない?どうかなあ。
 興味が沸いた人が居たら、ぜひとも聴いてみてくださいな。
面影ラッキーホール「ゴムまり」

代理母

代理母