<life>fool</life>

愚者の人生。

11月2日、差別のない世界を創るために、東京大行進に行きませんか?

 来る11月2日、東京大行進というデモが東京で開催される。僕は、この日このデモで、できるだけ多くの人たちと、東京の街を一緒に歩きたいと思ってる。

 もう何年も前から、インターネット上には在日韓国・朝鮮人への差別が溢れかえっていた。そしてそれは差別の対象を拡大しながら、時とともに勢いを増して、遂には路上に現れるようになった。在特会を始めとした様々な行動保守団体は、執拗に差別を煽るデモを開催し続け、この国のあらゆる街に憎悪の声が響き渡るようになった。彼ら行動保守団体は、標的である韓国・朝鮮人達が多く住まうコリアンタウンや、その子どもたちが通う朝鮮学校、在日の老人たちが利用している老人ホームを標的にした。

 表現の自由を盾にして最悪の人種差別を繰り返す彼らは、コリアンタウンのど真ん中を我が物顔で行進した。東京の新大久保では「良い朝鮮人も悪い朝鮮人もどちらも殺せ」というプラカードが掲げられ、大阪の鶴橋では中学生の女の子が 「(コリアンが)憎くて憎くてたまらないです。殺してあげたい!」と叫び、周りの大人たちがそれに快哉を上げた。

 この国に共に住まう在日韓国・朝鮮人たちがどれだけ侮辱されようが、彼らの尊厳が踏みにじられようが、既存の法律では行動保守の蛮行は止められなかった。明らかな社会の不公正が放置されていた。そういった状況を受けて、行政よりも先に、街に住む無名の群衆が動き始める。

 一番初めはK-POPファンの中高生によるtwitterでの発言だった。新大久保を歩くデモ隊の差別的な言動に怒った彼らが、在特会会長桜井誠twitterアカウントに直接、一斉に怒りの声をぶつけ始めた。その姿に、行動保守団体の差別的な言動に問題意識を感じていた人々は奮い立った。デモの前後にコリアンタウンを練り歩き、外国人経営の商店や通行人に暴言を吐いたり嫌がらせをしたりする、通称「お散歩」を止めるため「レイシストをしばき隊」が結成された。デモを追いかけ沿道に立ち、差別反対のプラカードを掲げる人々が現れた。デモ隊の差別的な声が街に届かぬように、それをかき消すために、ある人は肉声で、ある人はトラメガで、あらん限りの怒りをぶつける人々が現れた。路上の騒乱に出くわした人々に、何が起きているのか説明を試みる人々が現れた。路上で見たものや感じたことを記録するために、社会の不公正に抗するために、写真や動画を撮影する人や、音楽にする人や、絵画にする人や、文章にする人が現れた。いつしかそれらは一纏めにして「カウンター」と呼ばれ、あたかも一つの団体のように扱われることとなったが、実際は違う。誰も命令されることなく、誰も命令することなく、一人ひとりが自らの意志で路上に出て、自分が出来る事でヘイトデモに抗していた。「いじめられて可哀想なマイノリティを守ってあげる」のではない。誰もが当事者だった。この社会に生きる一人の人間として、明らかな不公正に対して、差別という最低の社会悪を前にして、どういう態度を取るのか。「カウンター」と呼ばれる、一人ひとりの無名の群衆に、ただ一つ共通することは「私は差別を許さない」という意志を表明していることだけだった。「私は不公正を見過ごさない」という意志を、持てる力を尽くして表明していることだけだった。だから、カウンターは、ヘイトに抗すること以上に、街に住まう全ての人々に、即ちこの社会に意志を表明し、問いかけるものでもあったと思う。あなたはどうするのか。

 カウンターのうねりは大きくなり、大阪では「仲良くしようぜパレード」が開催された。そしてそれに呼応するように、昨年の9月、カウンターに参加してきた人々が中心となり、1回目の東京大行進が開催された。ヘイトデモに対する即時的な抗議ではなく、改めてこの社会に対して「差別をやめよう、一緒に生きよう」と叫び、意志を表明した。この日本で差別を許してはいけないという思いを政府に届けるために、人種差別撤廃条約の誠実な履行を求めた。レイシストたちが我が物顔で歩いた新大久保のあの通りを歩いた。いつも怒り、いつも悲しみながらヘイトデモに抗していた人々が、あの日は笑顔で歩いていた。立ち並ぶ商店からは笑顔の店員さんがこちらを眺め、手を振っていた。TOKYO AGAINST RACISMの文字を見て、サムズアップしてくれたり手を降ったり笑顔を向けてくれる外国人が沿道にたくさんいた。デモを興味深そうに眺めたり、飛び入りで歩く人も多く居たという。在日韓国・朝鮮人に限らず、この日本社会に潜むあらゆる差別に反対するという意志で、9月22日、多くの人々が東京を歩いた。

 あれから1年と少しが経ち、新大久保ではデモは起きなくなった。けれど、デモ参加者こそ減ったものの、現在も行動保守団体は各地でヘイトデモを続けている。カウンターと行動保守の激しい衝突によって、ヘイトは社会問題と捉えられるようになり、ヘイトスピーチという言葉が世の中に少しずつ浸透し、行政も法規制に関する言及を始めた。状況は去年よりはマシになったが、それでも差別がなくなった訳ではない。だからこそ、僕は11月2日、多くの人々と東京の街を歩きたいのだ。

 今回の東京大行進は「差別のない世界を、子どもたちへ」というテーマを掲げている。前述したように、行動保守団体は京都の朝鮮学校を襲撃した。そこに通う子どもたちの中にはPTSDを発症した子がいる。また、差別的な街宣に激昂した在日韓国・朝鮮人と思しき少年を笑いものにする動画も、インターネットには存在している。つい先日は、神戸三ノ宮のヘイト街宣で、自分の親に絡めた差別発言を浴びた青年が居たという。彼は取り乱し、周囲の静止が必要なほどに街宣に食いかかっていったそうだ。在日コリアンを友人に持つ高校生の子は、友人が、マイノリティとしてこの国で様々な差別を受ける現状への怒りや悲しみをtwitterの鍵アカウントで吐き出していたと言っていた。こういった具体例を挙げなくとも、もっともっとたくさんの子どもたちが、すでに被害を受けている。鶴橋で「朝鮮人を殺したい」と叫んだ中学生の女の子だって被害者のようなものだし、ヘイトデモにベビーカーを押しながら参加する夫婦もいた。

 差別はなくなっていない。未だ社会の不公正はそこに存在し、その被害を受ける者がいる。局面は簡単には変わらない。だからこそ11月2日、できるだけたくさんの人々と街を歩きたいと思う。結局のところ全てを一気に解決してくれる魔法は存在しないし、ヒーローはいないからだ。一人ひとりが意志を表明すること、それを拡げていき、大きなうねりを作り、目を向けさせること。そういうことでゆっくりとじわじわ進んでいくしかないのだ。それはとても遅々とした歩みかもしれないし、自分が生きている間に理想が成就することなんて無いのかもしれない。だけどもそれでも、歩き、進んできたから今がある。多くの先人たちが闘って来た果てにあるこの場所で、多くの先人たちが創り上げてきたたくさんの贈り物を胸に、更にその先を目指して、次に来たる者のために、未来の為に、歩きませんか?
 あなたがどんなに差別や不公正に対して許さないという意志を持っていたとしても、何かで示さないと、どこかで叫ばないと、それはないものとして扱われる。同化する必要はない、流される必要もない。あなたが思うあなた自身の意志を、表すための第一歩として、一人の人間として、街を共に歩きませんか?
 11月2日、新宿中央公園水の広場。12時集合、12時30分出発です。僕はあなたを待っています。

東京大行進2014 - TOKYO NO HATE (TOKYO NO H8)

10/25 秘密保護法反対SASPLデモFINAL@渋谷 スピーチ書き起こし。

 10月25日、渋谷で行われた秘密保護法反対デモに参加してきた。自分の感想など書こうと思ってたのだが、スピーチがどれもこれも素晴らしかったのと、完全な文字起こしが見つからなかったのと、自分が何度も読み返したかったので、とりあえず先に起こしてみた。そのうちSASPLから上がると思うが、というかFacebookにもう上がってるんじゃないかと思ったりもするが、気づいたのは全部起こしたあとだった!!!!

 公開する気も無いまま、自分のために書き起こしをしてたけど、書いてるうちにやっぱり誰もが読める場所に残すべきだと思った。デモというものに偏見がある人にこそ読んで欲しいと思ったし、デモをやってる人間なんてどこか自分とは違うものだ、と思っている人にこそ読んで欲しいと思った。
 本当は、文字を読むんじゃなくて、動画を観て、彼らの佇まいや話し方も含めて、あなたの眼と耳で彼らを感じて欲しいと思う。何故なら、そこにいるのはただ一人で考え、ただ一人で立ち、ただ一人で歩むことを決めただけの、あなたと同じ人間だからだ。これからあなたが迎える年頃の、あるいはあなたと同じ年頃の、あるいはあなたが通りすぎた年頃の、何処にでも居る若者だからだ。知性とユーモアを忘れずに、考える事を決して諦めず、堂々と自分の意志を表明した、あなたと同じ人間だからだ。


 話者から許可を頂いたものから順次UPします。本来の書き起こしからは外れてしまうのかもしれないけど、文法の正しさや読みやすさよりも、話者の発した言葉そのままを優先して書き起こしています。また、名前や所属など個人情報に繋がるものについては除いています。1スピーチ1記事で、クリックで飛べます。



10/25 SASPLデモ 「何でデモすんの?」 - <life>fool</life>



10/25 SASPLデモ スピーチ「30年後の未来を導くこと」 - <life>fool</life>



10/25 SASPLデモ スピーチ「人間なめんな!」 - <life>fool</life>



10/25 SASPLデモ スピーチ「路上に出て、意志を紡ぐこと」 - <life>fool</life>



10/25 SASPLデモ スピーチ「1と0の間に」 - <life>fool</life>



10/25 SASPLデモ スピーチ「繰り返す、生きる歓びを」 - <life>fool</life>


10/25 SASPLデモ スピーチ「種を植えること」 - <life>fool</life>

10/25 SASPLデモ スピーチ「繰り返す、生きる歓びを」


SASPL DEMO FINAL@shibuya 2014/10/25 - YouTube
※動画説明文からスピーチに飛べます。1:30:05~

 僕は今日、スピーチするって聞いてなかったので、ちょっと考えてません(笑)
 ただ、言いたいことは一つだけ。


 これまで、先人たちが、俺たちの自由を、俺たちの普通の生活を、俺たちの生きる歓びを、勝つ歓びを、負ける歓びを、ずっと戦い続ける歓びを、守るために、何度も何度も何度も何度も何度も、ずううううっと諦めずに闘って来たってことです。それを俺たちは今ここで、超有意義に反復しているだけなのです。

 だから、先人たちがやってきたように、俺たちもこれから、何度も何度も何度も何度も、同じことをただ繰り返していくだけだ。ただそれだけのために、ただそれだけのことを、たったそれだけのことを言うことを、俺たちは諦めない!それだけだ!


 SASPLが終わるとか言ってますけど、終わるわけねえだろ。SASPLが終わるのが嫌だったら、お前が続けろ。お前が続けろ、お前が続けろ!そして俺も続ける!そうやってやってきたんだろ!そうやってずっとずっとやってくんだろ!それだけのことだよ!以上です!

10/25 SASPLデモ スピーチ「1と0の間に」


SASPL DEMO FINAL@shibuya 2014/10/25 - YouTube
※動画説明文からスピーチへ飛べます。1:22:54~

 今日はよろしくお願いします。
 僕は今日まで、この秘密保護法のどこがクソなのかということを勉強してきました。初めは、ヤバいヤバいって言われてたけど、何がヤバいのか全然分かんなかった。でも今は、この法律が欠陥だらけだっていうことが解ります(S.Bくんからガヤ「どんだけ勉強したと思ってんだよ!」)
 
 問題はキリがないほどあって、秘密にしてはいけないことが決まってないこと、そのせいで秘密の範囲がどんどん拡大すること、公務員だろうが非公務員だろうが秘密を取り扱う人は、国家によってプライバシーの侵害のような調査を受けなければいけないこと。このザル法に対して政府がしなきゃいけなかったことは、丁寧な説明と言う名の屁理屈ではなく、この法律に対する抜本的な見直しだったということです。

 でも僕は、ここで自分が勉強したってことを自慢したいんじゃなくて、僕の一つの不安と、それとの闘い方の話について話します。
 正直日常生活で色んな事をやらなきゃいけなくて、この法律について勉強する時間なんてないんすよ。どんどんどんどん勉強する時間減ってって、どんどんどんどん忘れていくんですよ、この法律のことを。それが、それがすごい不安です。いつかこの法律に呑み込まれてしまうんじゃないか。この法律のことを忘れてしまうんじゃないかっていうのがすげえ不安です。

 だけど僕たちはこの法律のことをいろんなかたちにして、この法律に対する思いをいろんなかたちにして残してきました。
 ある人は動画にして残しました。ある奴は音楽にして残しました。ある奴はフライヤーにして、Tシャツにして、写真にして、この法律に対しての怒りや情報を残してきたんです。そんなふうにして、僕たちは自分たちの創りだした装置によって、この法律を、自分が、また自分以外の誰かが忘れた時のために、それをもって闘うことが出来るように、今日までやってきたんです。


 最近、僕は、戦後の国民意識について分析している人の本を読みました。ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」という本です。この本では何気ない新聞の投書だったり、国民一人ひとりの日記だったり、そういうところの情報を一つ一つ丁寧に拾い上げて、戦後の日本人にとって、平和とは、民主主義とはなんだったのかっていうことを、丁寧に分析している本です。僕はこの本を読んで、これからの平和とか民主主義、そういうことを考えるための一つのサンプルにこの本を使っています。僕はこの本の拾い上げられた声のように、このデモもいつか、拾い上げられるときがくるって信じてます。

 今日の集まった数だったり、一人ひとりが何を思ったっていうことを記録に残していけば、いつか必ず自分だったり他の誰かが拾い上げて闘ってくれることを信じています。やっぱり、それを見た時「この法律おかしかったんだ」ってことを気づいてくれるってことを信じています。この秘密保護法は歴史に逆行するような法律です。この法律は何十年も、もしかしたら永遠に、僕達がフィードバックするための情報を無くしてしまうような法律なんです。人間は歴史の中で、たくさんの過去から学んできました。過去から学び、この日本が、社会が、世界がどうあるべきかっていうことを考えてきたんです。同じ過ちを犯さないように、新しい犠牲を生み出さないように、僕たちは学んできた一面があるんです。この法律は、それを蔑ろにするような法律です。


 もし、このデモの成功が1として失敗が0とするなら、そう仮定するなら、このデモは確実に0です。失敗です。確実に失敗なんです。でも1と0の間に、間があって、その間に今自分たちがどこに位置するかっていうのを認識して、楽観することもなく悲観することもなく、今何処にいるかっていうのを冷静に捉えて、1に向かっていく、そのための意思表示をすること、行動することが必要なことなんだと思います。

 僕はその意思表示の第一歩として、ここで一つ言わせて下さい。僕は、特定秘密保護法に反対します!
 2014年10月25日、ありがとうございました。

10/25 SASPLデモ スピーチ「路上に出て、意志を紡ぐこと」


SASPL DEMO FINAL@shibuya 2014/10/25 - YouTube
※動画説明文からスピーチへ飛べます。1:09:04~

 皆さんこんにちは、初めまして。今日私は私の言葉で本気で喋ります。皆さんも本気で聞いてください!


 私が特定秘密保護法というものを知ったのはちょうど去年の今頃でした。知る権利や表現の自由、そんな大事なものが自分のものじゃなくなるかも知れないってそのとき初めて知りました。いてもたってもいられなくなった私は、一人で永田町の駅に降り立つことを決めました。そうして私がデモに参加し始めてもう1年がたとうとしています。そのときまで私は、まさか自分が自分の意志でデモに参加する日が来るなんて思ってもいませんでした。


 去年の12月6日に秘密保護法が可決されたとき、強行採決の4文字を、私の頭は受け付けてくれなくて、だから悔しくて泣いてました。その時初めて民主主義っていう4文字は私にぶつかってきました。それまで当り前だったものが、手元から初めて引き離されようとしたとき、その言葉は私に重みを持って語りかけてきました。私はとても怒ってました。でもそれは、憲法と、それに守られてきた私たち国民の意志を踏みにじった、そんな政治家だけに向けられたわけではありませんでした。

 なぜなら、強行採決は政治家のみによって為されたものではないからです。いつまでも都合の悪いものから目を背け、怯え、羊のように大人しく飼われてきた、そんな大人たちの存在なしにはそれは成立しなかったはずです。
 そんな彼らは言います。「デモなんかしたって何にも変わんないじゃないか」って。
 今日のこのデモのことだってそうです。「もう12月の施行は決まってんだから、今そんなことしたって何になるんだ」って、そんな言葉を浴びせてくる大人たちを私たくさん見てきました。

 そうです、デモなんかしなくたって明日は同じようにやってきます。正直言ってしまえば、社会運動から距離を置けば置くほど、この国で生きることは容易くなります。しかしそんな風潮が結果として何を引き起こしたか。ろくな審議もされない、穴だらけの法律を成立させることになったんです。皆さんこのままでいいんですか?

 
 そして私はこう言います。いつまでも何もせずに、液晶画面の小さな世界の中で、ヒーローになり続けるってそんなにかっこいいことですか?私だってもう一朝一夕で社会が変わるだなんて、甘い期待はとっくの昔に捨ててます。ただ私がこうして路上に出ることで、自分の言葉で、自分の意志を紡ぎ続けることで、私は自分が生まれ育ったこの国が民主主義国であるということを体現してきたつもりです。


 別に私、活動家でもなんでもないです。本とクラブの好きなただの大学生です。だけどただの大学生にだって言いたいことがあります。言えることがあります。そして知りたいことがあります、知れることがあります。政治に対して、世の中に対して、自分の言いたいことを言うってそんなにおかしなことですか?
 今日のお昼、カレーとパスタどっちが食べたい?って聞かれて、じゃあパスタにするわ、っていうのと何ら変わらないことじゃないですか?パスタが食べたいって言うのも、政治に対して自分の意見を言うことも、自分の意志を表明していることには変わりないですよね?そうやって私たちが、自分を表現するための自由、そしてそれができる社会、そういったものって当り前に保障されてなきゃいけないんです。そんな大切なことが、ふざけた政治家の一時の判断によってもみ消されていく。皆さんこのままでいいんですか?


 私は、自分の言葉で思うままにものを言えるこの場所を愛しています。誇りに思っています。でもそれは、どっかのお偉いさんの顔色を伺って口にする愛国心なんてものでもなければ、アイデンティティの最後の砦になるわけでもありません。

 特定秘密保護法は12月に施行されると言われています。しかしそれがどんなに力を持ったって、私たちが自分の頭で思考できなくなるということにはならないはずです。どんな法も、そしてどんな社会的立場に居る人も、私を思考するということから引き離すことはできません。そして私は何をも恐れずに、自分の意志を伝え続ける自分を恥じません。


 だから私は何度でも言います。2014年10月25日、私は特定秘密保護法に反対します!

10/25 SASPLデモ スピーチ「人間なめんな!」


SASPL DEMO FINAL@shibuya 2014/10/25 - YouTube
※動画説明文からスピーチに飛べます。58:02~

 沿道の皆さんこんにちは。STUDENTS AGAINST SECRET PROTECTION LAW S.A.S.P.L SASPLと申します。

 さて、今日私は、私の、怒りを表明するためにここに立ちます。

 熟議をせずに、強行採決をする。憲法改正の手続きを踏まずに、解釈改憲などという姑息な手段に出る。消費税を上げる。学問を軽視し、目先の利益にひた走る。これらは現安倍政権がやってきたことであり、またこれからやろうとしていることでもあります。私たちの声を聞くことなく、独善に陥った安倍政権、私はこれに対して怒っています。

ですが、そんな安倍政権に一つ、感謝することがあるとすれば、今の政治に対し、おかしいと声を上げる人が出てきていることです。

 おかげで、おかしいものにはおかしいという、路上に立って声を上げる、そういったことをするのに、何ら恥じ入る必要がないことに私たちは気付きました。そして、日々、様々なことで疲れながらも、限られた自分の時間を使って、政治の動向に目をやり、知らないことは学び、自分に何ができるかを模索する。そういった民主主義に伴う苦労も私たちは知りました。
 おそらく、間接民主主義の名の下に、私たちは安住しすぎたのでしょう。思えば幼い時から、政治というと、どこか自分とは別の世界で行われる、絵空事のようなものでした。しかし彼らは単に、制度としての私たちの代表に過ぎません。この、私たちのです。

 目を背けている人、耳を塞いでる人、PCの前でニタニタ笑ってる人。いつまでそうしていますか。楽しいことはいくらでもある時代です。自分たちに関することを勝手に決められて、息苦しい世の中になっても、その中で延命措置のようなみみっちい娯楽を見つけて生きていきますか。それは違うと思います。

 この社会で起きていることは全て私たちにとってのことのはずです。もちろんその全てにコミットすることはできません。だからこそ、自分の頭で考え、判断する必要があるのです。そして現にそうすべきときはすでに来ているのです。


 「デモって何か危ないんじゃないの」
 「デモをやって何かが変わると思っているのか」
 こうした意見は未だに耳にします。はっきり言います、聞き飽きました。
 例えば想像してください、何か切実な問題が起きたとして、自分一人ではどうすることもできなくなったとき、その声を押し殺して泣きますか。叫び声一つも上げることができない社会を望みますか。

 エジプトのアラブの春を、NYのオキュパイウォールストリートを、スペインのM-15運動を、そして香港の路上に立つ黄色い傘を持った学生たちを思い出して下さい。私たちに暴力は必要ない。私たちはこの音楽という、最も美しく平和な武器を持ち、自分の足で歩き、自分の声で、自分の言葉で叫ぶのです。
 もう一度言います。時が来ました。世の中の様々なことに目を配り、自分の頭で考え判断するときが、です。そして、暴挙を続ける安倍政権に私たちが言うことを聞かせる番が来たのです。


 おそらく道のりは長い。すぐには変わらない。でも絶対に変わらないなんて誰が言えるんだ。
 先は長い。俺たちもすぐにおっさんになって、次の奴らが出てくる。でも次の奴らもきっとこうして立ち上がる。受け継いでいくんだ、ずっとそうやって行くんだ、不断のプロセスなんだ。このままだったら恥ずかしくて、未来に生きる人達にこの社会を明け渡せないじゃないか。そのために今立ち上がるんだ。そのための力を、皆も、俺も、一人ひとりが持ってる。その、一人の力が、人間一人の力が小さいなんてことがあるか、人間なめんな!

 その力を持っていることに気づいてない人、その力を誤って使うことを恐れている人、疲れるからって、めんどくさいからって、その力を手放してしまう人。違うんだそうじゃないんだ、その力を正しく使う道を見つけるんだ。その力を正しく使う方法はあるはずなんだ。俺たちは今、試されているんだ。


 Stand up for your Rights!だからこうして立ち上がったんだ。俺たちで始めるんだ。絶対に変わる。民主主義を俺達の手に!


 最後に、平和と、民主主義のために立ち上がり闘ってきた先人たち、そして今、こうして共に声を上げ、共に歩く仲間たち、そしてまだ見ぬ未来に立ち上がる、来るべき人々。全ての人に、尊敬の挨拶を。
 2014年10月25日、私は特定秘密保護法に反対します。
 終わります、ありがとう。

10/25 SASPLデモ スピーチ「30年後の未来を導くこと」


SASPL DEMO FINAL@shibuya 2014/10/25 - YouTube
※動画説明文から各スピーチへ飛べます。40:00~

 早いもので僕が東京に来てから3年が過ぎようとしています。3年前の僕はこの地渋谷に立つだけでオシャレになれると勘違いをしていました。

 3年前僕が上京してきた次の日に3.11の震災が起きました。入学式は中止になって大学の授業は5月からのスタートになりました。震災があってからすぐ、ここにいるすべての人達がおそらく「頑張ろう日本」「キズナ、日本」と叫んだはずです。でも今の僕たちの生活を、ちょっとだけ見返してみてください。震災のことなんてなかったかのような日常生活に僕たちは戻ってしまいました。TVをつけても、福島のことも避難民のことも何も報道されません。

 行き先の見えない不安から、街ではレイシストと言われる人たちが、東アジアの友人たちを、平気で、我が物顔で、罵るようになりました。気がつけば政権は、強い国になろうと足掻いています。頭の悪い僕ですが感じる、今の日本の不安に、僕らのおじいちゃんやおばあちゃんたちも不安だという風に叫んでいます。それはなんだろうっていう風に考えたときに、戦争を生き延びた彼らは、戦争があった時代、戦争に突入した時代の日本にとっても似てるって言うんです。一応僕は長崎出身ですし、大学でも一応アジア太平洋戦争を勉強してるので、彼らと話をする機会がたくさんあるんです。

 彼らと話をする中で、彼らが警鐘している注意点を一つまとめました。それは「国家のための国民」へと国が歩もうとしているのか、それとも「国民のための国家」として国が歩もうとしているのかという違いです。周知の通り、先の戦争では多くの日本人が国家のために死に、柱となりました。

 思い返せば3.11以後、僕たちは不安でしたが、不安だと口にすることができませんでした。それはなぜかというと、不安だと口にすると「この国はどうなってしまうんだろう」という漠然とした不安があったからです。この力はすごく、戦前の日本と同じ力が働いているように僕は感じます。

 僕らが今日声を上げている特定秘密保護法は、いったい誰のための法律なんでしょうか。あまりに多く残る不安要素から、採択の前からパブリックコメント、デモンストレーションなどを通じて、多くの人たちが反対の声を挙げました。しかし政府はその声なんて「ごく一部の国民の意見だ」といって切り捨てました。それでいて「これは国民のための法律だ」っていう風に言うんです。

 確かに軍事的な秘密は必要だと思いますし、国家にとっても秘密は必要です、それくらいは僕だって解ります。ただ、どのように、何が秘密なのか、それも秘密です、なんてこと言われたら僕らが不安になるっていうのは当然のことではないでしょうか、皆そうだよね?

 本当にこれは「国民のための国家」が作る法律なのでしょうか。もしも「国民のための国家」ではなくて「国家のための国民」として歩むための第一歩としての法律だったら、それだけは勘弁してくれ!って今日僕はここに叫びにきました。

 もしかしたら僕がこうやって、反対だとかそういう風に叫ぶことが、近い未来に、売国奴とか非国民とかそういう風に言われる時代が来るかもしんないし、それはもう来てるかもしれない。だとしたら俺は、喜んで売国奴になってやるし、喜んで非国民になってやろうという覚悟でここに立っています!

 僕は、震災のことだって、経済状況だって就職先があるかどうかだって、不安だってちゃんと口にして言いたいし、その不安をちゃんと国家に向けていいたい。ないものに、震災なんてなかったものにしたくない。震災のことをないがしろにした経済発展なんて欲しくないし「普通の国」になるための軍事力なんて欲しくない。ここまでやっきに経済発展を叫ばなくてはいけないのでしょうか。ここまでやっきに国防を叫ばなくてはいけないのでしょうか。今ある無駄を再分配すれば貧困層は助けられるんじゃないでしょうか。今ある外交の不安の原因を考えれば軍事力以外での平和を保てるのではないでしょうか。


 僕は時々こんなふうにむしゃくしゃして叫びたくなるような気持ちになるときがあるんです。すごく僕はいつもムカついてんです。でも今、僕は今日ここに立っていてとても幸せです。それはなぜなら、僕の目の前にこんだけ仲間がいるからです!ここにいる皆がやがて社会に立って、旅立って、それぞれの地で、僕らと同じような今、今日僕らがここでやってるようなことをやり始めたら、日本がよくなるヴィジョンしか僕には見えないんですよね!

 実は、今年の夏に被爆者のおじいちゃんで仲良しのやっさんって人から長崎弁でこういう風に言われたんです。
 「ああもうこん国は林田くんに任してもよかね」
 っていう風に言われたんですよ。僕は何となく
 「ああまあ別によかよ」
 みたいな感じに言ったんですけど、そんな「別によかよ」みたいな感じで言っちゃうくらい中途半端な気持ちだったんです。だってもう僕奨学金けっこう借りちゃってるから、働かなきゃいけないし。みたいな、そういう不安があって。でも、今僕は、今ここにやっさんはいないけど、やっさんに向けて思い切り叫びたい!やっさん、今から俺に任せて欲しい。僕にはこんだけの仲間がいるよ!


 来年は、先の戦争が終ってから70周年を迎えます。ここまで戦争が無かった、平和な日本だったのは、やっぱりやっさんたちみたいな先人たちのおかげだと思うんです。

 想像してみてください。30年後、今、ここにいる僕達の子どもたちが、100年間戦争をしなかったという祝いの鐘を、この地で響かせているというヴィジョンを!


 「国家のための国民」ではなくて「国民のための国家」として、確かに一歩を歩み出した今日この瞬間が、30年後の未来を導くことを信じて、僕のスピーチを終わりたいと思います。
 2014年10月25日、僕は特定秘密保護法に反対します!